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医者の本音
医師になるまでの自伝みたいなもんです。

1.医師になろうと思った理由(私の成育歴)
 
 
 私の父親が医師だったのが大きいと思いますが、
 実際私は医師になるしかなかったんです。

 父親は古くからこの診療所の前院長、つまり開業医です。そして父親の兄弟も皆医師なんですよね。そういう中で従兄弟達も医師志望が多く、よく成績や学校などを比較されて育ちました。

 今思えば子供の頃から父親には口癖のように「医者になれ!お前の仕事は勉強だ!仕事しないのに家に置いとくのはおかしいだろ?医者にならないで何になるんだ?」と

 また母親にも「働かざる者食うべからず」「誰のおかげで、ここまで大きくなって、今生活できているの?」と毎日のように言われ続て育ちました。また、医学部はお金がかかるから・・という理由で決まったお小遣いも貰えず、お年玉も全て没収されていたのを覚えています。


 喫煙や朝帰りなど、悪いことをした時には殴らないくせに、成績が下がるとよく父親から殴られておりました。父親にはもう一つの家庭(妾)と愛人がおり、週の半分しか家に居らず、そのことで夫婦喧嘩ばかりしている家庭でした。(母親はそのことを黙認しておりました)幼少時の時に父親の愛人宅の前で長時間、車内で放置されていたこともありました。

 今思えば典型的な機能不全家族ですね。


何故、私の両親はそういう考え方なのか?
というのを幼いながら、色々と考えた結果

「家族は他人である」
「親が子供の面倒をみるのは義務では無い」

という結論に行き着いたんです。
そう考えれば、全ての親の行動に納得がいくと・・・・


 その考え方は今思えば、間違っているのですが、当時の私には、そういう理論武装をまとうしかなかったんです。おかげで親に何も言えず、何も頼まず、反抗もしない、非常に我慢強い子になりました。

 学校で怒られたり、喧嘩をしたり、虐めに遭っていても誰にも相談はせず、ひたすら我慢。小学生2年の時に学校で転倒し、鎖骨を骨折していてもランドセルをしょって、電車と自転車で歯を食いしばりながら帰宅し、整形外科の先生にビックリされたこともありました。そんな私を、未だに母親は私に反抗期が無く、物凄く育てやすい子供だったと親戚に自慢しております。





 そんな両親の教育熱心?なおかげで、幼稚園の頃から英才教育、小学生の時から都内の一貫教育の私立校(男子校)にランドセルしょって、混雑する通勤電車で通学してました。ですから近所に友達は一人もおらず、日曜日も都内まで塾通い、家族で出かけるのは買い物か外食くらいで、家族旅行なんか、ほとんどしたことがありません。

 一つ下に妹がいるんですけど、彼女は中学生の頃から品行不良で、家出ばかり繰り返し、夜遅くに塾から帰ってくると、よく家の中がめちゃめちゃに壊されいたのを覚えています。

 そういう中で両親は僕だけは何としても・・・・という気持ちがあったんでしょうね。妹は高校も中退し、今は実家で親のすねをかじる無職で裕福な母子家庭です。
 
 あと印象的な思い出が、高校生になった時にバイクの免許が欲しくて、内緒でレストランでバイトを始めたんですが、一か月後に両親が店に乗り込んできて店長と話をつけ、お金を包み、そのまま訳も解らずに、解雇されたこともあります。受験する大学の志望校を決めるのに全く相談せずに担任に出されたこともありました。今思えば恐ろしい親ですよね。

 こんな家庭環境で、勉強ばかりさせられていた少年時代でしたが、次第に
「ホントにこれで良いのかな?」と自分の人生に疑問を感じ始めたんです。

 バイクの免許を取ったり、喫煙、飲酒、毎週のように六本木で朝帰りをしていた時代もありましたが、
結局勉強だけは手放せず、妹のようにはなれませんでした。 



 昔から父親に言われていた「将来医者にならないで何になるんだ?」という問いに明確に答えられなかったことと、「とにかく困っている人を助ける仕事に就きたい」「早く親元を離れて自立したい」と考えていましたので、自然に医師になろうと決めたのだと思います。
 
 その考えが出来てからは、遊ぶ時間と勉強する時間のメリハリがきちんと出来るようになりました。今日は一晩中遊ぶから明日は家で勉強するといった感じです。

さらに追い打ちをかけたのが、中学生の時からみてもらっていた、
東大生の家庭教師の言葉です。
「遊んでばかりいるよりは、遊びも勉強も出来た方が
 男としてはカッコいいよ」

と言われ目が覚めたように、妙に納得したんです。
私にとっては、その家庭教師の先生だけが自分の理解者でしたから・・・・

 
 早くこんな家を出たいという一心から、必死に受験勉強を続け、親に内緒で指定校推薦の話も勝手に断り、自宅から通えない遠方の医学部に受かった時には非常に嬉しかったです。

 ですが、もう将来医師を選ぶしかないというプレッシャーは大きかったです。医学部というところは社会人の方とか、一度大学を卒業した方とか、人生経験豊富な方も沢山いらっしゃしました。自分は一番年下で人生経験も少なく、そういう方と比べて、はたして自分に出来る仕事なのか非常に不安でした。実際は医師になってからの方が大変なのですが・・・
 
今では医師以外の仕事は考えられず、自分では天職と思っていますので、親としては最悪でしたが、何だかんだ教育熱心で医学部に行かしてくれた両親には感謝しております。


愛犬です。ボーダーコリーという犬種です。


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