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患者さんとの思い出話
ほんとに勝手なこと書いてます。 
ここに出てくる患者さんの年齢、性別、経過などは
プライバシー保護のため多少変更しております。

  「最初に亡くなった患者さんの思い出」
  
 僕が医師になって、一番最初に亡くなった患者さんの話です。

この方の一件で
精神疾患というのが、いかに悲惨で寂しいものなのか思い知りました。

もう10年以上も前の話ですが、今でもその患者さんのことはしっかり憶えています。
 
その方は50歳代の女性で、結婚していたのですが子供はおらず、
夫は行方不明であり、ずっと一人で暮らしていました。
今回病院には無理やり妹さんが連れてきたんです。
 
 初めて彼女を見た時は本当に衝撃的でした。
片目が潰れており、左の胸に10cmくらいの
出血をともなう腫瘤が突出していたんです。

表面も不規則でゴツゴツしており、
見た瞬間に悪性とわかる腫瘤でした
。 

 外科の先生も、よくここまで放っていおいたなと、ビックリしていましており、さらに声を出すことが全く出来なかったんです。表情や身振り手振り意志の疎通は可能、無理やり病院に連れてこられたのを本当に嫌がっておりました。
 
 すぐにCTで全身を検索したところ、原発は乳癌、さらに眼球と脳に転移しており、しゃべれないのも癌が声帯を動かす神経に浸潤していたのです。
 
 普通の癌であればこれだけ転移していると末期ですが、乳癌というのは癌の中でも特殊であり、時に化学療法が著効したり、進行の速度が年齢と伴ない変化したりするんです。ですから外科の先生は入院しての化学療法を勧めましたが、本人は病気だということさえも認めず、入院の同意が全く得られなかったのです。
 
 精神科では本人が入院を拒否していても重度の精神障害があり、身体的にも入院が必要な状態であれば保護者の同意での強制入院が出来るんです。(医療保護入院といいます)この方の場合も本人の同意が得れなくても、家族の同意をとり強制入院の形で精神科に入院、明日から化学療法をすることになったのです。
 
 
 強制入院になったことを本人に伝えると納得いかない様子で妹さんに対して非常に憤慨しておりました。乳癌が全身に転移していると知って、妹さんはショックを受けており、もっと早くに気が付いて病院に連れて来れなかった事を非常に後悔しておりました。
 
 すぐに中心静脈栄養という太い点滴ルートを挿入し、補液にて栄養管理。本人は治療を拒否しており、離棟や点滴を自己抜去する危険もあるため、可哀想ですがベッドで上肢を抑制することにしたんです。
 
 

 入院した夜に筆談で彼女と色々話しました。不思議なことにこれだけの転移癌なのに痛みも全く訴えておらず、胸に何か出来ているのは気にならないのか聞いたところ、


「自分の夫は神様だから、夫が帰ってくれば、
 こんな物すぐに治してもらえるのよ」

と笑顔で答えておりました。
 
 「少し入院して休みましょう」と何度も話しましたが、
本人は

「店を開けないといけないから、
 申し訳ないけど明日帰ります」

とのことでした。妄想はひどいですが、抑制で興奮することも無く、
非常に礼儀正しい方でした。
 
 妹さんの話では夫はもう10年も前に家を出ており行方不明、それからは一人で靴屋を営んでいました。でも周囲からは変わり者と見られ、誰もお客は来なかったそうです。

でも、
彼女は雨の日も風の日も一日も休むことなく、
店を開けて旦那さんの帰りを待っていた
んですね。
聞いていて非常に切ない気持ちになりました。
 



翌朝未明、当直医から連絡が入り、
身体状態が急変し、私が行った時には、
すでに息をしていない状態でした。
 
 
 その後病理解剖をしたところ、死因は
脳ヘルニアでした。恐らく家でほとんど食事を取っておらず、点滴をしたせいで脳腫瘍の周囲が浮腫み、頭蓋骨の中の圧力が増大し、脳幹という生体機能をつかさどる大事なところに圧力がかかり呼吸が止まったんだと思います。
 
 妹さんはかなりショックを受けており、
「先生、私達のしたことは正しかったんですか?」
と何度も聞かれ非常に困りました。

本人が嫌がるのを、無理矢理入院させた翌日に亡くなったんですから
無理も無いですよね。
 


もし、妄想がなければ胸にしこりが出来た時に
自分でおかしいと思い病院を受診し
乳癌も治療出来たのでしょう。

もし、一人で暮らしていなければ精神症状が
出てきたときに病院を受診し薬を飲ませることが
出来れば、統合失調症も良くなったかもしれません。

 
今更悔やんでも、どうしようも無いことですが、
今回入院しなかったら、今日は彼女はいつも通りに、
靴屋を続け、旦那さんを待ち続けていたのでしょう。

そして近いうちに一人で家で亡くなっているのが
発見されていたと思います。

でも本人は痛みも苦痛も無く過ごしていた
わけですから、
その方が彼女にとっては幸せだったのでは・・・・
 
 
 これが僕が医師になって、初めて亡くなった患者さんの話です。

彼女の件で、
医療とは何なのか?非常に考えさせられました。

治療をするということは、患者を救うということなのですが、本人が拒否をしていていても、命の危険があるといって、無理矢理に治療するということは本当に患者を救うということなのでしょうか?実際に治療も失敗したわけですから・・・・

 受け持ったのは2日ですが、その患者さんの顔は今でも目に焼きついていますし、
筆談で彼女が残した文書は今でも私の宝物です。



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