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患者さんとの思い出話
ほんとに勝手なこと書いてます。 
ここに出てくる患者さんの年齢、性別、経過などは
プライバシー保護のため多少変更しております。

  「寂しい最期」
 
 
 人間には皆、寿命があります。最近は医学の進歩から日本人の平均余命は昔と比べ各段に延びてきておりますが、未だに万能薬というのは存在せず必ず最期の時は来るんですよね。
 
皆さんは自分の最期をどのように
迎えたいと思いますか?

例えば愛する人に看取って欲しいとか、
最期まで家族と家で過ごしたいとか、
苦しまずにぽっくり逝きたいなんて方も
いるでしょう。
 
でも最期の時を寂しく一人で迎えたい人は
いないと思います。
今回はそんな患者さんのお話です。
 

 その人は60歳台の女性で、歩けなくなったと生活保護の担当者に連れられて病院に来られました。その時にはすでに両下肢が全く動かず、失禁、失便しており、いわゆる半身不随の状態

 それだけでなく、肺のレントゲンにいくつも大きな影があり、頭部CTでも多発性の転移性の腫瘍
を認め、原発は肺癌で脳と脊髄に転移をして歩行できなくなっていたのです。要は肺癌の末期状態ですね。
 

 精神的には非常に不機嫌で暴力的、入院には拒否的でしたが、生活保護担当者の説得で精査目的にて入院となりました。
 


ずっと独身で一人暮らし、周囲からは
変わり者と嫌がられており、
親戚関係も絶縁状態だったそうです。



仕事もせずに、生活保護でコンビニエンスストアの弁当を配達してもらい、拾ってきた犬と生活しておりました。3ヶ月くらい前から歩けなくなり、両手で這って、尿も便も垂れ流し状態で生活していたそうです。
 
 
生活保護の人から再三病院受診を勧められておりましたが、犬の面倒があるからと拒否。便と尿から床も腐り、異臭がひどく大家さんからも何度も苦情が来ていたそうです。恐らく
人間の生活できるような場所ではなかったのでしょう。
 
 全身検索をしたところ、思ったより全身に癌が転移しているのが解りました。特に脊椎や肋骨などの骨への転移がひどく、痛みがないのが本当に不思議でした。今更化学療法や放射線治療の適応もないので、後は余命をどう過ごすかの問題です。恐らく持っても3ヶ月・・・。
 

 本人が帰宅を切望しているため、痛みが無い以上、医療的には何も出来ませんから、福祉担当者には帰す方向で話をしました。しかしこのまま家に帰しても自己管理出来ず、実際今住んでいる家も立ち退き扱いになっているとのこと。ヘルパーさんも拒否が強く入れられないため、その辺の調整が出来るまで入院という形になったんです。
 
 精神的にも拒否が強く、被害妄想も認め、恐らく若い時に発症した未治療の統合失調症と思われました。しかし抗精神病薬を投与したところ、2ヶ月くらいで落ち着き入院時とは別人のようになったんです。家族もいないので本人に告知、肺癌で余命が少ないと本人に説明したところ、兄妹に会いたいとの希望がありました。


 
私の方から何度も彼女の兄弟に連絡を取りましたが、「2度と関わりたくない」と冷たく電話を切られてしまい結局誰も面会には来ませんでした。でも彼女は落ち込むことなく、明るく話をしてくれていたのを覚えています。
 



そんな中、私の内科での研修期間は終わり、病院を移ることになりました。そのことを彼女に告げると「また一人なのね・・・」とうつむいて悲しそうな表情でした。身寄りがなく、誰も面会に来ないまま死んでいく彼女のことと思うと、不憫でなりません。
 
何とかならないものかと、悩んだ挙句、
今の上司と新しい勤務先の病院の上司に相談し、
一緒に次の病院に連れて行くことにしたんです。

その時は本当に涙を流して喜んでくれたんですよ。
 

一緒に新しい病院に移ってから、徐々に痛みが出現しましたが、モルヒネ投与にてなんとかコントロール出来ました。その結果、非常に元気になり、このまま良くなるのではないかとも思ったくらいです。しかし、そんな奇跡も長くは続きません。

転院してから6ヵ月後のある寒い夜、
彼女は静かに息を引き取りました。

 
亡くなった時にも兄弟に遺骨を
引き取って欲しいとお願いしたのですが
返事は同じでした。

彼女のために焼香したのは、
私と上司の先生二人だけでした。
葬式や納骨は形式上だけで、市で行うとのこと。

最期の時に家族が居らず、誰も会いに
来てくれないということは
こんなに寂しいものかと痛感しました。
 

 このような最期になってしまった背景には彼女の精神疾患の問題が大きいです。恐らく周囲からは変わり者扱いで、易怒性、被害妄想から親戚兄弟ともトラブル続きだったのでしょう。家族が関係を断ちたくなる気持ちも解りますが、でもそれは統合失調症の症状によるものも大きく、全て彼女が悪い訳ではありません。
 
実際、薬物が効いてからは別人のように、
おとなしい人になったんです。
看護婦さんとの関係も良好で、
談笑して一緒に散歩なんかもしておりました。

その辺のことを何故、家族に説明し納得させられず
死に目に会わせる事が出来なかったのか
悔やまれてなりません。

妄想が激しい時に家族だけでも病院に来てくれたら、
統合失調症も良くなっていたのかもしれない、
そうしたら入院時のレントゲンで肺癌が見つかり、
全身に転移する前に手術できたのかもしれない・・・
そうしたら、こんな寂しい最期にはならなかったのでは・・・・・

 統合失調症が彼女の人生を見事に狂わせたんですよね・・・
今さら悔やんでもどうしようもないことですが・・・・

でも、私が彼女の最期を看取れた事は、
彼女も幸せだったのではないか・・・、
と今では勝手ながら思っています



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