|
「究極の決断、延命治療とは?」 | |
皆さんは延命治療についてどう思いますか?
多くの方は否定的で自分の最期は、 人工呼吸器などの色々な 機器には つながれたくないと思っているのでは ないでしょうか? 実際私も内科や救急センターにいた頃、人工呼吸器だけでなく、血液透析やPCPSという人工心肺、バルーンパンピングという心肺補助装置などで奇跡的に生還した患者さんを見てきました。
しかしながら実際は蘇生して機器につないで、 心臓と肺だけ動かしても、脳機能は良くならずに 植物状態や脳死状態になってしまう方も多いんです。 そうなると家族の負担や本人の苦痛を考え、 どこまで治療するのかというところで、 医師は究極の判断をしなければなりません。 要は、このまま治療を続けるか、治療を止め 自然に任せるか命の天秤にかけるんですよね。 何年か前に長年入院していた植物状態の患者さんに、大学病院の女性医師が薬物を注射して死なせてしまったニュースがありましたが、多くの医師はその行為に共感出来ると思います。
まあ、説明不足と積極的に薬物を投与したのは、やりすぎだと思いますが、死なせてあげたくなる気持ちは痛いほど解ります。今回はそんな究極の選択をした患者さんの話です。 その人は30歳代の女性で、私が当直していた夜に心肺停止状態で搬送されました。11歳の娘さんと二人暮らしで、夫は単身赴任です。
その夜、彼女は入浴中に、叫び声を上げ、 その後湯船に浮いていたそうです。 母の異変に気がついた娘さんは彼女を引き上げて布団に寝かせ、自分で救急車を呼び、来るまで団地の下で紙コップを振って待っていたそうです。救急隊到着時には心肺停止状態で、そのまま心臓マッサージをしつつ、当院に搬送になりました。 病院に着いてから、娘さんは看護師さんに抱きつき、泣き出してしまいました。
まだ小学生なのに、湯船から母親を引き上げ布団に寝かし、服を着せてから、救急隊を呼ぶなんて良くできた娘さんです。救急隊が来るまでは凄く怖かったのでしょう、病院に着いて緊張の糸が切れたのだと思います。 病院到着時には全く脈を触れず、瞳孔も散大、心臓マッサージなどの蘇生をしながら、彼女が倒れてから、娘さんが引き上げ、服を着せる時間、救急隊の通報時間と到着時間を計算していました。
人間の脳というのは、心停止などで酸素の供給が 5分以上止まると、脳はダメージを受けると いわれております。 その5分以内に誰かが胸を押して、 血液を脳に送らないと脳は壊れていくんですね。 彼女の場合は可哀相ですが、どう計算しても15分以上は経っていると思われました。
「恐らく・・・、脳は助からない・・・」 そう思いながらも、今病院に来ている身内は娘さんだけです。泣きじゃくっている娘さんに、死亡宣告なんて出来る訳ありません。助からないにしても、旦那が到着するまでは、蘇生術を続けることにしたのです。 蘇生を初めて40分後、わずかに彼女の心臓が動き出しました。すぐに昇圧剤を使用し、血圧を持続的に測定する管を動脈に挿入し、すぐに原因検索です。若年で基礎疾患が無く、急に心肺が止まる疾患は、大抵不整脈か脳出血です。
彼女の場合は急性クモ膜下出血でした。脳の動脈に瘤が出来たり、生まれつき奇形があると血圧の上昇などで突然出血するんですよね。
すぐに脳外科医を呼び指示を仰いだのですが、頭部CTを見る限り出血と低酸素脳症でひどく浮腫んでおり、外科的には何も出来ないとの返事でした。 このまま心臓が動き続けても、脳死状態になると・・ とにかく呼吸器につなぎ、強力な昇圧剤と脳の浮腫みを取る薬を持続的に投与し、入院させました。旦那さんには低酸素脳症とクモ膜下出血という病名と、意識が戻る可能性は極めて低いこと、このまま死亡する可能性もあり、良くても植物状態であろうと説明しました。
昨日まで元気だったはずの奥様が急にこうなった訳ですから、受け止められないのは当然です。
しかし、このまま昇圧剤の投与や呼吸器管理を、どこまでするのかを決めなくてはいけません。 そのことを旦那さんにも相談したのですが、自分では決められないと、彼女の両親が来るまで、何とかこのまま出来ることは全てやって欲しいとの返事でした。 彼女の両親は九州に住んでおり、翌日の夕方、親戚と一緒に来院し、旦那さんと同じ説明をしました。呼吸器につながれた娘を見て非常にショックを受けており、どうしていいか解らないという印象でした。
娘さんはずっと心配そうにベッドサイドに付き添っておりましたが、さすがに厳しい病状説明はできませんでした。私の診察を食い入るように見ており、心拍モニターやぶら下がっている点滴の種類を一生懸命にチェックしていたのを憶えています。 毎日のように家族に厳しい病状を説明し、3日が経過しました。身体的には、体が若いせいもあり血圧は安定しましたが、相変わらず自発呼吸や脳幹反射は全く認めません。肺炎を併発しておりましたが、呼吸器管理と抗生剤投与で何とか改善しそうでした。
しかし、その夜、彼女の両親から 治療を全て中止して欲しいとの 申し出があったのです。 理由としては、
あんなに若く美しかった娘が、人工呼吸器や たくさんの管をつけられ痣だらけで 浮腫んでいくのが、可哀想で見ていられない。 このまま脳死になって、一人病室で 寂しく亡くなっていくのが耐えられない。 今だったら両親や親戚、皆で看取ってあげられる。 と目に涙を浮かべて訴えておりました。 「少し考えさせてください」と返事をしたところ、「どうせ治らないんだろ!」と厳しく父親に詰め寄られ、何も言い返せなかったのを憶えています。家族は九州から出てきて、ずっと付きっきりで、体力的にも精神的にも限界だったのでしょう。
気持ちは痛いほど解るのですが、治療を止めるという事は彼女の死を意味します。正直私もどうしていいか解りませんでしたので、上司の先生に相談し、看護師さんとも話し合いましたが、結局両親と夫に文書で同意を取た上で、家族の意向を尊重することにしたのです。 その夜、親戚、家族に囲まれて私は
人工呼吸器のスイッチを切りました・・・ 切ってからも2〜3分心臓は動くんです。 全員で心電図モニターを見つめ、 ゆっくり止まっていくのを、 静観していたのを覚えています。 娘さんには、こちらで治療を止めることは説明せずに、臨終時に同席させないこと、急に症状が悪化したということにしてもらいました。母親に抱きついて大きな声を上げて泣いている娘さんを見て、何となく罪悪感を感じましたが・・・・。 搬送された時点でもう助からないと、 解っていたのであれば、 あまり無理に蘇生しなくても良かったのではないか? 家族から治療を止めて欲しいと言わせる前に、 黙ってこちらで、治療の手を抜くことも 出来たのではないか? 私がしたことは家族に期待を持たせて、 裏切り、傷つけただけでは? 後で考えると色々な選択肢があったと思いますが、今となってはどうしようもありません。でも、その時の娘さんの悲しんでいる姿は、一生忘れないと思います。 その後も、同じようなケースに何度も遭遇しました。絶望的な状況から、少なからず奇跡的に戻る患者さんを経験すると、どうしても期待をしてしまい手を抜けないんですよね。
もしかしたらその行為は、私の勝手なエゴなのかもしれません。 後から見れば間違った医療行為だとしても、 決して手を抜かず一生懸命治療し、 患者さんや家族と相談し、頭を抱え悩みつつ 治療を選択することが、 医師として、大事なことではないかと、 今では思っております。 |