若い女性の患者さんでよく「リストカット」というのをよく聞きませんか?皆さんの知り合いにも居るのではないでしょうか?リストカットというのは境界型人格障害の患者さんに特徴的な症状です。
境界型人格障害というのは英語でボーダーラインパーソナリティー障害(Boderline Personality Disorder)といいます。1980年にDSM−Vという精神障害の診断基準に取り上げられ今や最も注目される性格病理のカテゴリーです。
境界型というのは統合失調やうつ病などの精神病と神経症との境界に位置しているというところから命名されており、特に躁うつ病に関係が深いと言われております。
今までは性格の問題が大きいということで、原因としては生育歴や環境が大きいと言われておりましたが、遺伝的な要素、最近では生物学的な異常があるといわれております。親のしつけや生育歴だけが悪いわけではないんですね。(但し家族が対応を間違えると症状を悪化させることはあります。)
中核の症状としては、「激しい情動の易変性」(なんか解らないけど落ち込んだりイライラしたり一日の中でも変動します)と「我慢耐性の低さ」(すぐに投げ出す、切れる)「極端な対人対物評価」(すごく仲がいいか大嫌いかのどちらか、何事もゼロか100、白か黒)「行動化」(よくリストカットといわれる手首の切創を自傷することが多いです。あとは大量服薬や過食、拒食など)で特徴づけられ、特にリストカットの前後には誰かに連絡するか、すぐにばれる状況で行うことが多いです。
その他に非常に不安定な自己評価(自分の中に良い自分と、悪い自分がいる)、見捨てられ不安(誰にも見捨てられたくない)慢性的な空虚感を認め、夜は一人でいられない、他罰的な傾向が強いのも特徴です。また反応性に一過性にうつ状態や幻覚妄想状態となることもあります。そのためうつ病や統合失調症と診断されてしまっているケースも少なくありません。
実際の診療でそのように診断する場合一番大事なのは「症状が思春期から持続している」ということで、そのせいで社会不適応を起しているということです。性格の問題ですので昔全く問題ない人がある日突然発症することはありません。(その場合は躁うつ病の躁状態を一番考えます)
多くの方は10代後半の頃から気分変動が激しくなり、リストカット、大量服薬、過食、拒食などの摂食障害やアルコール乱用、薬物乱用、売春などの軽犯罪や家庭内暴力などの既往を認めます。
私は遺伝的にADHDのある人がACを合併し、悪化させる家族と同居することでBPD性格が出来上がると考えております。ADHDの「ジャイアンタイプ」ACの中の「スケープゴート」と呼ばれているタイプがBPDと同義なのではと推測しております。
ただ、どの診断をつけても要は性格の問題ですので、治療は同じ、自覚と工夫と、リハビリです。
患者さんが病院に来る場合大きく分けて2つのケースがあります。一つはうつ病ではないかと自分で来るケースで、もう一つは自傷行為などの問題行動から家族が疲労困憊して連れてくるケースです。
あまり症状がひどければ入院ですが、入院治療で良くなることはありませんし、治療も長期にかかります。また、本人の辛さと伴に周囲の人が対応できなくなっているケースが多く、家族や恋人を含めた指導が必要なんですよ。
性格の治療に必要不可欠なのが「本人が病気ではなく自分の性格の問題だ」と理解しすることと「何とかして今の自分を変えたい」うという強い気持ちです。
間違ってうつ病と診断され、うつ病の患者さんの対応をされると、ほとんどの方が、症状悪化することが多いです。またSSRIという種類の抗うつ剤には衝動性を抑えるという効果があり、躁うつ病の治療薬である気分安定剤は感情の波を軽くすることが出来ます。(性格の問題ですので薬物のみで完治はありえません)
以下に私が推奨する周囲の人(両親、恋人)の接し方を書きます。
@こちらから何かしてあげる必要はありません。過度な親切や親心は必ず後で「そんなこと頼んでないから」と逆切れされることが多く、場合に よってはそのせいで自分が悪くなったと言われます。
Aリストカットや大量服薬などの問題行動を 起こした時に決してうろたえない。 特に「なぜそんなことをしたのか?」は禁句です。 冷静に対応し何事も無かったように振舞って下さい。 (私は患者さんにリストカットを止めるようなことは一切言いません、ただ切るなら人知れずやるように勧めております)
Bもし、問題行動を起こす前に「話を聞いてほしい」 と言われた時には、是非聞いてあげてください。 その場合はすぐに聞くのではなく、 後で聞いてあげられる時間を決めてください。
我慢することと待つことが治療の力になります。 少しでも頑張って我慢した時は結果がどうあれ、褒めてあげてください。
C自分で起こしたことの責任は必ず本人に責任を取らせること。駄目なことは何があっても駄目なんです。友人との喧嘩の仲裁や借金の肩代わり などは厳禁。もし、それが法に触れることであれば、必ず警察を入れて下さい。
D調子が悪い時も良い時も両方とも患者さん本来の姿ですので、相手の態度に合わせて こちらの態度を変えないことが大事です。 態度を変えると後に「あの時は・・・
してくれたのに」と言われ、 苦労することになります。
Eユーモアを引き出すこと。明らかに イライラして八つ当たりをしてくる時には、冗談で返したり、相手を笑わせたり、時にからかったりする。 とにかく相手の感情をまともに受けない方
が良いです。
F偏った考え方を減らさせる。考え方でも、対人関係でも仕事でもゼロか100じゃなく50〜60くらい、黒か白じゃなく灰色という適当な中途半端さを練習し、常に「大丈夫だ」と言ってあげる。
(何事も頑張って失敗したのであれば、失敗を責める前に、許してあげること、少しの頑張りを褒めてあげることが大事です。適当な仕事のやり方、人間関係の取り方もあるということを教えてあげると良いです。)。
以上の内容は精神医学という学会誌に取り上げられた「ボーダーラインシフト」 という境界例に対する医療者の対応 を参考にしております。(精神科医なら皆知っています)
境界例の患者さんの場合、無治療でも6割の患者さんが30歳頃までに、自然に落ち着きます。しかしながら、本人が自分はうつ病と信じていたり、周りに振り回される人間が多いと不安定な状態が続くことがあります。
私の経験でも40歳になっても母親との依存関係が断ち切れず、飛び降り自殺や大量服薬を繰り返し、最終的には車椅子の生活になってしまった可哀相な患者さんもいました。
昔から境界型人格障害は性格だから治らないし、面倒なことばかり起こすので、嫌煙する医師も多いです。しかし、僕個人の意見としては、患者さんと家族が病態を理解し、医師と治療関係を築ければ必ず落ち着くものと信じています。
本人が治療に乗らなくても、家族の対応のみで症状が劇的に改善することもありますので、家族の方だけでも病院受診するのをお勧めします。(当院に定期的に通院している方は例外なく全員良くなっていますよ)
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