妄想

18 家族の妄想がひどいんです。

　妄想というと皆さんはどんなイメージを持ってますか？よく妄想癖なんて言葉もありますし、ありもしないことを都合のいいように一人頭の中で考えることと思っている方が多いと思います。でも実際、精神科や心療内科で妄想というと決して軽い症状ではなく、本人は非常に苦痛なんです。

　大事なのは妄想と勘違いとの違いです。ありもしないことを考えることというのは共通しておりますが、勘違いは誰かが指摘すれば考え治しますよね、妄想は誰がなんと言おうと是正不能なんです。言い換えれば妄想の内容はその人にとっては真実なんですよ。

　僕は学生の授業などで教える時に「妄想は絶対に捕まらないストーカー行為を受けているくらい辛い」と説明します。誰かに見られている、追われている、物が取られる、噂されているなど、その人にとってはそれが真実なのですから、そんな環境に一日でもいれば、どれだけ辛いか想像つきますよね。実際、妄想が原因で自殺をしたり、犯罪を犯す方も多いんですよ。

　

　妄想というのはあらゆる精神障害で認める症状です。統合失調症やうつ状態、躁状態、境界型人格障害、発達障害、知的障害、痴呆など、その他にも抗パーキンソン薬の副作用、覚せい剤などでも認めます。しかし、この症状だけで病気を診断するのは不可能です。（精神疾患の診断には経過が一番大事です！）ですから妄想がある患者さんを診た時には、統合失調症などの重篤な精神疾患の可能性と自殺のリスクも考えないといけないんですね。

　考えている内容で被害妄想（誰かに嫌がらせをされる）や追跡妄想（追われる）注察妄想（見られている）など統合失調症などで多く認める妄想で、うつ病に多いのは貧困妄想（お金がない）罪業妄想（自分は罪を犯した）心気妄想（自分は不治の病である）、認知症の場合は嫉妬妄想（自分の配偶者が浮気をしている）や物取られ妄想が有名で、躁うつ病の躁状態では誇大妄想（自分は何でも出来る優れた存在）血統妄想（自分は天皇の子孫である）などさまざまな種類の妄想があるんです。

　実際、自分で妄想があると病院に来る方はまずいません。（自分で妄想とわかれば、妄想ではありませんから）ほとんど、家族の方のみの受診か、ひどくなってから無理に本人を連れて来るんですよ。その場合は入院が必要になるケースが多いです。家族の方も対応しきれなくなり疲労困憊するんですよね。

　基本的な妄想の対応としては本人にとっては真実なんだと周りが理解し、否定も肯定もしないことが非常に大事です。また妄想の内容に対象があるのであればその対象から遠ざけてあげることや、とにかく妄想の中で安心させることが必要ですね。例えば誰かに追われている、狙われているのであれば、その人の周囲を見回る振りをするとか、「こちらで色々調べてみます」と言ってあげるとか、ある人に被害妄想を持っているのであれば、その人に近づけないとかです。

　一番いけないのは妄想を全否定して「それは妄想だ」と本人に言うことです。先にも書きましたが、それを言って自覚できれば妄想ではないんです。それを聞くと多くの患者さんは「そんなことはない」「誰も自分のことを信用していない」「どうしても証拠を掴んでやる」とそのことばかり考えるようになるんですよ。病院に来てから「やっと信じてもらえた」と涙を浮かべる方も少なくありません。

　多くの場合は妄想は1か月くらいの薬剤の投与で消失します。しかしながら自分が病気ではないと思っており、周囲を疑っている状態の人に薬剤を飲ませるのは非常に難しいことなんです。何とか説得して飲ませられれば良いのですが、ケースによっては注射が必要になったり、強制入院が必要なこともあるんです。家族の言っていることは妄想だと思ったら、出来るだけ刺激せず安心させつつ、家族だけでも医療機関に相談し、一刻も早く、診断と治療を開始することをお勧めします。

Ｄｒプロフィール「幻覚妄想の辛さを教えてくれた少女」是非読んでみてください。