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Adult Children Storys

患者さんとの思い出話 番外編

ここに出てくる患者さんの年齢、性別、経過などは
プライバシー保護のため変更しております。

 Case2.自慢の息子といわれて・・・
 
 
アダルトチルドレンというのは、元々先に書いた話(「父親に死んでほしい彼女の事情」)のような、アルコール依存症の家庭が生み出すものと考えられておりました。

 これは1980年代にクラウディア・ブラックという米国のケースワーカーが提唱した性格特性なんです。(精神科医でも心理学者でもないところが凄いです)

 彼女はアルコール依存症の家庭に育った子供達の犯罪率が高いことに注目し、彼らの話を聞いているうちに彼らの性格には、沢山の共通点があることに気がついたんです。

 しかしながら、家族がアルコール依存症ではない問題児たちにも、彼らと同じような性格特性を持つ子供達が多くいることが解り、アダルトチルドレンにはアルコール依存症だけでなく、
機能不全家族という環境が関係していることが解りました。

 機能不全とは一概に貧困層や虐待の既往、片親など問題がある両親のことばかりではありません。一見両親に全く問題がない場合にでも起こりうるのです。

今回はそんな環境で育った
彼の話です。



 彼は
裕福なエリートの家庭で生まれ、父親は会社の社長です。教育熱心な母親の影響もあり、成績も常にトップクラスの優等生、人望も厚くクラスの学級委員などを率先してやる子供だったそうです。

 両親にしてみても、
理想の息子であり、将来はお前に自分の会社を任せると言い聞かせて、どこにでも息子を連れまわし皆に自慢しておりました。

 本人もそのことを全く疑わず、いわゆる社長の息子というステータスから、周囲の同級生からも一目置かれる存在でした。

 外見的にもいわゆるイケメンであり、非常に正義感が強く、悪いことは一切せず、困った人がいたら率先して助けるという、性格的にも本当に真面目で優秀、周囲からの羨望の眼差しの中育ったんです。

 彼は全く問題なく学生時代を送り、有名大学卒業後は父親の下請け会社に勤め、26歳の時に父親の勧めで得意先の娘さんと結婚、子供を二人もうけ理想の結婚生活を送っておりました。


 
しかし、その頃から世の中の不景気のあおりを受け父親の会社の経営が悪化・・金銭的に行き詰まる父親は何とか自分の会社を立て直そうと、資金繰りに右往左往するのですが、全く経営は良くならなかったそうです。

 そんな金銭的に苦しんでいる父親を見て、責任感の強い彼は、
自分の名義で多額の借金をすることを父親に申し出たんです。今まで自分を育ててくれたんだから、父を見捨てる訳にはいかないと・・・

 当然、彼の父親は断りましたが、資金繰りもうまくいかない中、結局彼の熱意に負け、ついに
息子からお金を受け取ってしまったんです。



 そういう訳で、
20歳代で多額の借金を背負うようなった彼の生活は一転しました。とにかく仕事をしてお金を返さないといけない・・



 寝る間も惜しんで、毎日のように残業を重ね、帰るのはいつも終電、休日も意欲的に仕事をしていたんです。

 父親の借金を肩代わりしたことに憤慨していた彼の妻は、最初は彼を何とか支えようと理解しようとしていたのですが、子供もまだ幼く手もかかります。金銭的に託児所に預けることも出来ず、両親も遠方の為、何とか必死に一人で育児と家事をしつつ、仕事の遅い彼の帰りを待つ日々が続きました。

そんな生活が半年くらい続いてから、妻はついに我慢できなくなり

彼に離婚届けを手渡し、
子供を連れて実家に帰ってしまった
んです。





彼は一人になっても、仕事に明け暮れる日々は
変わりませんでした。

 
妻が出て行ったのも自分の責任と解っていたのですが、どうしても父親を見捨てることは出来ず、迎えに行けなかったそうです。

 息子の家庭崩壊に責任を感じた父親は、何度も妻とその両親のところに謝りに行き、時に
土下座までして、帰ってくれるように頼むのですが、聞き入れて貰えず、結局二人は離婚することになりました。



そんな中で、父親の会社は倒産・・・
そしてなんと、彼の父親は自殺をしてしまうんです。




父のことを悲しんでいる暇もなく、
ショックに嘆き苦しむ母親を励ましながらも、
彼は仕事を頑張りました。


先のことは考えず
来る日も来る日も、仕事に没頭することで、
必死に自分を保っていたんだと思います。




 しかしながら、父が亡くなって
3ヵ月後に今度は母親が脳梗塞で倒れ、半身麻痺になってしまいました。

 食事やトイレも一人では困難な状態になったんですね。こんな母親のことを放っておくことは出来ず、先々の介護のことまで考え、彼は
母親と同居することを決意したんです。


 
母の介護をしながら、父の借金を返すために毎晩遅くまで必死に仕事をする。

そんな生活を続けていくうちに彼の心に変化が生まれます。仕事中、急に涙が止まらなくなったり、何もないのにイライラして大きな声を上げたり、アルコールを大量に飲むようになったりと・・・


 それから仕事に行こうとすると、吐き気や頭痛が襲い、結局会社に行けなくなってしまったんです。このままではいけないと彼は必死に頑張るんですが・・・日に日に落ち込みは酷くなっていきました。

 もしかして、自分はうつ病ではないかと思い、近くの病院を転々とするのですが、「うつ病」の診断で沢山の薬を出されるばかりで一向に良くなりません。


私のところに来た時には、必死に涙を堪えながら、



「僕には・・・・・もう・・・・・解らない・・・・
 自分は・・何の為に生きて・・・
 何の為に・・仕事をしているのか・・」




歯を喰いしばりながら・・・・
少年のような表情で訴えていました。



 彼の生い立ちというのを振り返ると一見問題が無いように見えますが、実際は違います。彼は物凄いプレッシャーの中で育ったんです。

 子供の頃から色々な人に頭を下げられる立派な父親像を見せられ、
「将来は社長」「優秀な息子さん」と言われ続け、

成績も優秀でなくてはいけない、
人望を集める人柄ではなくてはいけない。
人に弱いところを見せてはいけない。
そして一番大きかったのは・・・・
父の期待を裏切ってはいけない・・です。



彼の中では


「実は自分はそんな大した人間ではないのでは?」


とずっと自問自答していたんだと思います。
そんな自分と向き合うのが嫌で仕事に没頭し、
いつしか仕事をしていないと自分は価値がないと
思ってしまったんでしょう。
(そういう考え方を
共依存といいます)

本当にギリギリの状態で・・・・
でも極度のストレスに耐えられなくなり、
緊張の糸が切れたのでしょう。

 診断をつければ「適応障害」ですが、
性格的には
「アダルトチルドレンの典型的なヒーロータイプ」
いわゆる
「スーパーチャイルド」です。



彼は子供の頃からずっと、弱い自分を認めることが出来ず、
目に見えない鎧をまとい、
大きすぎる父親の背中を追いかけ、
精一杯頑張るしかない・・・
我儘も言わず、助けも呼ばず、
怠けることもせずに・・

必死に一人で父親の期待に添うように頑張りました。



 
そんな立派だった父親が社会的に堕ちていくいく所を
目の当たりにし、挙句の果てに自殺・・・・
彼の心にはどれほどショックなことだったのか・・・


さらに母親の動けなくなる姿と将来の不安が増強し、
いわゆる情緒障害や自律神経に異常をきたしたのだと思います。

 今までの経過を一時間ほど聞き、目の前で涙を流している彼の姿はとても痛々しくて見ていられませんでした。

本当によく一人でこれだけの困難の中、逃げ出さず、
立ち向かったのだと思いますよ。将に孤軍奮闘ですよね。


 


 アダルトチルドレンの共依存的な思考の中には、いわゆる
「0か100の思考」「白か黒の思考」というのが存在します。


 簡単に言ってしまえば
完全主義者なのですが、この思考があると自分の小さなミスや、他人の低い評価などを非常に気にするようになり、常に成功し続けなければいけない、常に周りから良い評価を得ないといけないという袋小路に嵌るんですね。

 さらに人に
助けを求めることは迷惑をかけることと思っていますので、ちょっとストレスで容易に自分の存在価値が揺らぎ、誰にも相談できずに情緒不安定やうつ状態を呈するのです。


普通に冷静に考えれば

「完璧な人間」というのは存在しません。


 人間は基本的に不完全な存在であり、うまくいく時もあれば、うまくいかない時もあるのが普通なんです。でも、うまくいかない時でも、昔の努力は残るわけですから、その人がダメになる訳ではないんです。多くの場合、若い頃に挫折というものを経験してそれに気がつくんですが・・・


 彼の場合も、もっと子供の頃に挫折を経験し、
良い意味で父親の期待を裏切ることが出来たら・・
そして、その時に父親が

「おまえは、おまえだから・・・・」

と彼を自分の分身ではなく、一人の人間として接することが出来たら・・・・
そして今の苦しい情けない状態を妻にも見せることが出来たら・・・
彼の人生は変わっていたかもしれません。


 


P.S.彼が私の所に来たのはそれきりでしたので、その後どうなったのかは解りません。彼には今までの努力を称賛し、弱い自分を見せることは決して駄目なことではない・・今日勇気を振り絞ってここに来たことは、あなたの今後の人生にとって物凄く意味があることですと伝えました。

いつかまた私の所に来てくれることを心待ちにしています。

 
 
 


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